2017-05

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9.11

今日は9月11日。言わずと知れた「9.11」だ。あの日も同じ火曜日。朝、グランド・セントラル駅の地下道から外へ出て、あまりに澄み切った青空に思わず見とれてしまったのを憶えている。一機めが世界貿易センタービルに突入したのが、ちょうどその頃だったことを数分後にオフィスで知った。人が自分の命を惜しいと思わなくなったときには、やりたいことは何でもできる。その後しばらくは道路を歩いていても、あの車が突然暴走してきてもおかしくないのだ、とういうようなことを考えてしまったものだ。そのような状況の中、街中に多数配置された警察官がなんと頼もしく感じられたことか。平常時ならうっとうしいと思うような、そこかしこに警察官がいる光景も、その時ばかりは、大きな安心材料だったものだし、今でも多かれ少なかれその感覚は変わらない。

あれから、6年がたった。あの事件をきっかけに始めた対イラク戦争も出口が見えない状況のまま長期化し、この戦争がイラクの治安と民主化にあまり寄与していない、という理由で、早期の撤兵を求める世論がしだいに強くなってきている。来年の大統領選を控えた政治的な扇動もあってのことだとは思うが、僕はこのような世論には同調できない。テロ当日に街角に多数配置された警察官がありがたく感じられたのと同じ理由で、僕には、この戦争が、米国内に住む人々を守るための戦争だと思われるからだ。いつどこでどのような形でテロ攻撃があるかわからないという時に、街なかの警察官のような目に見える形での防御は大きな安心感を与えてくれる。テロリストたちに対しては容赦なく反撃することを実行をもって示すことにより、ある程度のテロ抑止力が働くはずだ。少なくとも僕にとっては、国家によるこのような毅然とした行動は、テロ活動の可能性を減らすという意味で安心感につながるものだ。だから、戦地に赴いている兵士たちには心から感謝している。大国の驕りだとか、石油利権が目的だとか、という批判も一理はあるが、では、テロ攻撃を未然に防ぐのに他にどのような決め手があるのか。空港での厳重なチェックは重要だが、想定を超える全く新しい方法によるテロ攻撃には十分な対応とは言えない。
翻って、日本でも、すでに12年前に2件のサリン事件というテロ行為があったが、その後、十分な対策がとられてきたのか、はなはだ心もとない。国が自国民を十分に守らないようでは、そこで心安らかに生活を営むことは難しいと思うのだが。
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コメント

良い点に光を。いい言葉ですね。同感です。

良い点に光を!

そうですね。マスコミは持ち上げすぎる時もあるかと思うと、これでもか、とばかりに手のひらを返したように、徹底的に叩く時も多く、それに世間が踊らされている面もあると思います。何に対してもそうですけど、良い点を見つけて、それをみんなで共有して行った方が、気持ちよく生活できますよね。振り返って個人の生活でも気をつけマス、、、

小田さん、
2001年のNYCマラソンは、本当に思い出に残るマラソンでした。たんそ菌騒ぎまで加わって、中止する理由にはことかかない中でよくぞ決行したものです。

9.11

まこさん、
>昨今のニュースなどからすると、その職業についている人たちの誇りという点でも日本人の警察官、消防士、自衛官、だんだんいい加減な気持ちのまま、その仕事についている人が増えている気がします。

残念ながら、日本のマスコミは不祥事を強調しすぎて、警察への不信→警察のモラル低下→不祥事→不信、というような悪循環を作っているような気がします。国民から尊敬されることで、これらの職業に就く人々のモラルも向上していく、という好循環になるとよいのですが...。警察官、消防士、自衛官など、自分の命を賭してまで他人の安全を守る職業に就こうという気持ちそのものがすでに尊いものだと思うのです。

警察官や消防士、命をかけて国民の安全を守る人々に対しての尊敬の念も日本よりアメリカの方がずっとずっとあるように感じます。一方、昨今のニュースなどからすると、その職業についている人たちの誇りという点でも日本人の警察官、消防士、自衛官、だんだんいい加減な気持ちのまま、その仕事についている人が増えている気がします。
自国内でテロが起きた時や自国民がテロに巻き込まれた時の、国としての対応を考えると、いつも日本人として情けなく、同時に不安をものすごく感じます。
そういう意味で、日本に居る今よりアメリカに居た時の方が、私たち夫婦ともある意味大きな安心感がありました。社会全体がみんなを見守ってくれているというか、、、、日本はあまりにも他者に対しても自国の安全にたいしても無関心すぎます!

9.11...私の中でいろんな思いが炸裂し渦巻いたまま、今も混在しています。
さらに、ここ数年、この9月という月は、私自身にも特別な何かが起こっており、今日も朝から降り続いた雨模様の空と同じように、心の中もちょっと暗くなってしまっていました。

でも、この日記を読ませていただいて、少しだけ整理でき、おかげでちょっとすっきりしました。

あの日から2ヵ月後、一時は中止ともささやかれた2001年NYCマラソンは決行され、気の進まぬまま、私も参加しました。
そして、あういう状況下では難しいはずの、「普段の生活を毅然とした態度で続けていくことの大切さ」を、私たち住民に訴え、実際に私たちにそれを可能にさせたアメリカの、自信に満ちた積極的な強さと、住民を励ましとことん守ろうとする態度にとても心を動かされました。

そのアメリカの前向きで毅然とした態度は、今の私の生きる基本姿勢にも繋がっています。
ま、謙虚さと優しさも忘れてはいけないんですけどね。


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内之助

Author:内之助
マラソンは、2008年12月のホノルル・マラソンをもって、全米全州(50州+DC)でフル・マラソンを夫婦で完走。今は、トレイルでのウルトラ・マラソンを楽しんでいる。
音楽は、中学校1年生の時に、FMで偶然耳にしたモーツァルトの喜遊曲がきっかけでクラシックにのめり込む。
読書は、ノンフィクション中心に、同じ著者のものをまとめて読む傾向あり。小林秀雄、吉田秀和、カール・ヒルティ、スティーヴン・ジェイ・グールド、内田樹、茂木健一郎など。
仕事はサラリーマン。1995年以来ニューヨーク市郊外在住。

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