2017-09

硫黄島からの手紙 (映画 2006年 クリント・イーストウッド監督)

(以下のブログ内には映画のストーリーについての記述があります)

終戦記念日に因んで、映画『硫黄島からの手紙』を観た。

硫黄島は、東京から南へ1,250キロに位置する火山島だ。すでに太平洋上の軍事拠点を次々に失って、敗色が明らかになってきた1944年当時の日本にとって、硫黄島は、本土攻撃阻止のための最後の砦となっていた。この映画は、栗林陸軍中将(渡辺謙)がこの島に駐留軍トップとして赴任した1944年6月から、翌1945年4月に激戦の末日本軍がほぼ全滅し米軍に制圧されるまでの約10か月間の日本軍の苦闘を、栗林中将と、応召兵で元パン屋の西郷陸軍一等兵(二宮和也)を中心に描いている。

戦争映画なので、当然、激しい戦闘シーンや自爆シーンもあるのだが、画像の色調(特に血の色)が一貫して抑えられているためか、不快感を催すような衝撃的な描写になっていないのが良かった。

むしろ、描写の中心となっているのは、そのような極限状態に投げ込まれた人々の苦悩、迷い、恐れ、希望、自暴自棄、諦めなど様々な心の動きだ。たとえば、栗林中将が、水・食糧・武器弾薬が枯渇する中で、圧倒的な兵力を擁する米軍との戦いを強いられるという絶望的な状況においてもなお、部下兵士たちの命を預かる者として誠実に職務を遂行しようと様子や、西郷と仲間の兵士たちとの友情や衝突、そして、西郷が、本土に残してきた妻と娘に何度も手紙を書くことで心の平安を得られるというシーンなどだ。

西郷が営むような小さなパン屋までが、金属供出として国にパン焼き器を取り上げられたり、憲兵に向かって吠えたというだけで、飼い主親子の目の前でその飼い犬を、憲兵が射殺したり、というようなことが行われていた狂気の時代においては、西郷が表わすような家族への思いやりといった、平時ならば自然に持ち合わているような気持ちを保つことさえ難しくなる。ましてや、硫黄島などという究極の狂気の世界で、正常な心を保つことはいかに困難なことか。栗林中将と西郷は、そのような困難なことをなしえた数少ない人間だった。二人に共通するのは、家族への手紙を頻繁に書いていたことだ。本土との交通が途絶えた硫黄島で書いた手紙が、本土に届けられないことは、彼らも分かってる。でも書かずにはいられない。書くことで正常な心が保てる、という自己防衛本能とでもいうような衝動に突き動かされていたのだろう。

この映画の中で、ほかに強く印象に残ったシーンは、硫黄島への米軍上陸後、投降してきた日本軍兵士2人を徹夜で見張ることを命じられた下級米兵2人が、その任務に気乗りがしないという理由だけから、その日本軍兵士2人を何のためらいもなく銃殺する場面だ。米国人であるイーストウッド監督が、このような米国軍の恥部ともいえるようなシーンを敢えて加えたのはなぜだろうか。思うに、戦場という極限状況においては、結果的に勝った方も、結果的に負けた方も、同じように残虐で不道徳な行為を行っていたはずだ、ということを言いたかったのではないだろうか。同じような行為をしていながら、勝てばすべての行為が賞賛され、負ければ全ての行為が非難される、という戦争が内在する不合理さ。人が人の命を積極的に奪い合うという行為を、合理的に咀嚼する能力を、人間の理性はまだ持ち合わせていないようだ。

だから、当然のように、敗戦国である日本が戦争中に取った行為は、今まで全て非難され糾弾されてきた。日本人の間でも、このことは当たり前のこと、しかたがないこと、と思うことが一般的となっているように思われる。しかし、この映画の中では、栗林中将や西郷の言動は、人間の持つ普遍的な強さとして明らかに肯定的に描かれている。日本人が戦争中に取った行為は、決して全て否定されるようなものばかりではない、ということを、静かに語ってくれている。

この映画は、戦争で無念に命を失った日本人たちへの、米国人イーストウッド監督からの真摯な供養だ。
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内之助

Author:内之助
マラソンは、2008年12月のホノルル・マラソンをもって、全米全州(50州+DC)でフル・マラソンを夫婦で完走。その後、トレイルでのウルトラ・マラソンを経て、今はタイムを気にしなくても良い登山やハイキングを楽しんでいる。
音楽は、中学校1年生の時に、FMで偶然耳にしたモーツァルトの喜遊曲がきっかけでクラシックにのめり込む。
読書は、ノンフィクション中心に、同じ著者のものをまとめて読む傾向あり。小林秀雄、吉田秀和、カール・ヒルティ、スティーヴン・ジェイ・グールド、内田樹、茂木健一郎など。
仕事はサラリーマン。1995年以来ニューヨーク市郊外在住。

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