2014-08

「里山資本主義」 藻谷浩介・NHK広島取材班 著

角川oneテーマ21 2013年7月10日初版発行
2014年8月16日読了

「里山資本主義」という言葉は、共著者による造語で、概ね以下のような意味あいだ。
1. 水、食料、燃料の一部をお金をできるだけかけずに得る
2. お金を介さない価値の交換を重視する
3. 自然から得られるメリットを追求する
4. 人が少なく自然が多い田舎のほうが実践しやすい
5. 人の価値は、所得の多寡ではなく、「かけがえのない人」と思われるかどうかによる

本書では、そのような里山資本主義的な生き方を、現代社会を席巻している「マネー資本主義」の弊害を柔らげるための保険として実践することを薦める。マネー資本主義は本書では概ね以下のようなことを意味するようだ。
1. 金銭価値(稼いだ金額)で人を評価する
2. 何でもお金で買おうとする傾向
3. 貨幣流通量を増やすことを景気対策の柱にする
4. お金を増やすことそのものを目的とするマネーゲームにつながりやすい

さて、自分の今の生活を振り返ると、まさに、マネー資本主義にどっぷりと浸かっているのがわかる。しかし、マネー資本主義とは、我々が暮らす資本主義社会の悪い面だけを列挙したようなもので、今の世の中に生まれた以上、マネー資本主義的な悪影響を受けることは避けられない。なので、本書で紹介されている里山での麗しい成功例も、確かに物語としては面白いのだけども、今一つ、自分でもやってみようという気にはならない。あまりに自分の実状からかけ離れているためだろうか。著者たちによるマネー資本主義への攻撃も、なかなかきつくて、何か自分が、とてもいけないことをやっている、と言われているような気持ちになってくる。

いい事を言っているんだけど、何と無く読後感がすっきりしない、といった感じを懐いていた時に、たまたま観たのが、NHKの「夜も朝イチ」-家庭内別居特集-(再放送)だった。

その中で、「女性100人に訊いた、夫から言われると「心が離れる」言葉は?」というアンケートの結果が示されていた。多かった回答から順に、
「俺が食わせてやっている」(51%)
「ヒマでしょ」(22%)
「子どものことは任せた」(13%)
「で、結論は?」(13%)
となったという。いずれも、僕にも身に覚えがあり、冷や汗ものだ。

そして気が付いた。これらの言葉は、まさにマネー資本主義的、つまり金銭価値中心、効率至上主義の思考パターンから発せられるようだ。つまり、(お金を稼ぐ人が稼がない人より偉いのだから)「俺がお前を食わせてやっている」、(お金を稼ぐ活動をしていないのだから)「ヒマでしょ」、(分業したほうが効率的なのだから)「子どものことは任せた」、(業務報告をする時に自分がいつも上司に言われているように)「で、結論は?」というような思考経路なのだろう。

仕事をしている時はマネー資本主義的な思考パターンはむしろ必要なスキルだろう。でも、家へ帰ってきたあとは、里山資本主義的な発想も取り入れて、金銭に換算できない価値に目を向けることで、心が少し柔らかくなるのではないだろうか。なにも、田舎に引っ越すことはない。職場からの帰宅途上で、本書で紹介されているエピソードの中から、例えば、自分たちの食事用に野菜を作っている田舎の老夫婦が、それまで捨てるしかなかった余った野菜を地元の介護ケア施設に提供することで小さな生き甲斐を感じる、といった話でも思い出すと、職場で真面目に仕事をするあまりに釣り上がってしまった目尻も、帰宅前には少し下がっているかもしれない。

里山資本主義は家庭平和の秘訣。
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硫黄島からの手紙 (映画 2006年 クリント・イーストウッド監督)

(以下のブログ内には映画のストーリーについての記述があります)

終戦記念日に因んで、映画『硫黄島からの手紙』を観た。

硫黄島は、東京から南へ1,250キロに位置する火山島だ。すでに太平洋上の軍事拠点を次々に失って、敗色が明らかになってきた1944年当時の日本にとって、硫黄島は、本土攻撃阻止のための最後の砦となっていた。この映画は、栗林陸軍中将(渡辺謙)がこの島に駐留軍トップとして赴任した1944年6月から、翌1945年4月に激戦の末日本軍がほぼ全滅し米軍に制圧されるまでの約10か月間の日本軍の苦闘を、栗林中将と、応召兵で元パン屋の西郷陸軍一等兵(二宮和也)を中心に描いている。

戦争映画なので、当然、激しい戦闘シーンや自爆シーンもあるのだが、画像の色調(特に血の色)が一貫して抑えられているためか、不快感を催すような衝撃的な描写になっていないのが良かった。

むしろ、描写の中心となっているのは、そのような極限状態に投げ込まれた人々の苦悩、迷い、恐れ、希望、自暴自棄、諦めなど様々な心の動きだ。たとえば、栗林中将が、水・食糧・武器弾薬が枯渇する中で、圧倒的な兵力を擁する米軍との戦いを強いられるという絶望的な状況においてもなお、部下兵士たちの命を預かる者として誠実に職務を遂行しようと様子や、西郷と仲間の兵士たちとの友情や衝突、そして、西郷が、本土に残してきた妻と娘に何度も手紙を書くことで心の平安を得られるというシーンなどだ。

西郷が営むような小さなパン屋までが、金属供出として国にパン焼き器を取り上げられたり、憲兵に向かって吠えたというだけで、飼い主親子の目の前でその飼い犬を、憲兵が射殺したり、というようなことが行われていた狂気の時代においては、西郷が表わすような家族への思いやりといった、平時ならば自然に持ち合わているような気持ちを保つことさえ難しくなる。ましてや、硫黄島などという究極の狂気の世界で、正常な心を保つことはいかに困難なことか。栗林中将と西郷は、そのような困難なことをなしえた数少ない人間だった。二人に共通するのは、家族への手紙を頻繁に書いていたことだ。本土との交通が途絶えた硫黄島で書いた手紙が、本土に届けられないことは、彼らも分かってる。でも書かずにはいられない。書くことで正常な心が保てる、という自己防衛本能とでもいうような衝動に突き動かされていたのだろう。

この映画の中で、ほかに強く印象に残ったシーンは、硫黄島への米軍上陸後、投降してきた日本軍兵士2人を徹夜で見張ることを命じられた下級米兵2人が、その任務に気乗りがしないという理由だけから、その日本軍兵士2人を何のためらいもなく銃殺する場面だ。米国人であるイーストウッド監督が、このような米国軍の恥部ともいえるようなシーンを敢えて加えたのはなぜだろうか。思うに、戦場という極限状況においては、結果的に勝った方も、結果的に負けた方も、同じように残虐で不道徳な行為を行っていたはずだ、ということを言いたかったのではないだろうか。同じような行為をしていながら、勝てばすべての行為が賞賛され、負ければ全ての行為が非難される、という戦争が内在する不合理さ。人が人の命を積極的に奪い合うという行為を、合理的に咀嚼する能力を、人間の理性はまだ持ち合わせていないようだ。

だから、当然のように、敗戦国である日本が戦争中に取った行為は、今まで全て非難され糾弾されてきた。日本人の間でも、このことは当たり前のこと、しかたがないこと、と思うことが一般的となっているように思われる。しかし、この映画の中では、栗林中将や西郷の言動は、人間の持つ普遍的な強さとして明らかに肯定的に描かれている。日本人が戦争中に取った行為は、決して全て否定されるようなものばかりではない、ということを、静かに語ってくれている。

この映画は、戦争で無念に命を失った日本人たちへの、米国人イーストウッド監督からの真摯な供養だ。

「デフレの正体」 藻谷浩介 著

角川oneテーマ21 2010年6月10日 初版発行
2014年8月4日読了

なんとなく見ていたNHKのビジネス関係の番組で、ゲストの一人が発したコメント「経済の目的は金儲けではなく、『継続』です」が心に響き、ウェブで検索したところ、それが藻谷浩介氏だということが分かった。氏の著書で、4年ほど前にベストセラーになった「デフレの正体」を読んだ。検索の過程で、著者が、2011年9月に、本書を批判したブログへの書き込みに関して、ブログの書き手から人権侵害を理由とする損害賠償請求の民事訴訟を起こされ、札幌地裁から10万円の賠償命令を受けたことも分かったが、とにかく読んでみた。

読んでよかった。

日本経済の低迷の原因は、最も消費意欲の旺盛な生産年齢層(15歳~64歳)の人口減少による内需の縮小のため、と分析し、日本経済再生への対応策として1.高齢富裕者層から若者への所得移転、2.女性の就労と経営参加、3.外国人観光客・短期定住客の受入、の3つを挙げ、それぞれに具体的な実行案を提示している。
論旨が明快で、読みながらいろいろと考えるきっかけを与えてくれる良書だと思う。

読後、気にかかっていた訴訟のことをやや詳しく調べてみた。(こんな時、ネットは本当に便利だ。)
原告は、「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」(河出書房新社)の著者で同名のブログも展開している菅原晃氏だ。菅原氏がそのブログ上で、本書を批判したところ、藻谷氏が当該ブログのコメント欄に以下の書き込みをし、この文章が菅原氏への人権侵害となるかが争点となった。やや長くなるが全文を引用する。

「そんなことはわかってますが
わかってますよ。ですが、対外債権が積みあがっていることすら知らない人が余りに多いので、このように書いているのです。問題は内需が減少する一方のために、対外債権が幾ら積みあがろうと国内投資も増えないということですよね。その原因は、あなた方の言っているコンベンショナルなマクロ経済学で解けるのですか? 日銀がインフレ誘導すれば内需は増加すると? あなたは、7章と8章をどう読んだのか? そんなことはとっくに知ってたのですか? 三面等価なんて、資産が腐る世界では意味がない、そのことをわかって使っていますか? 「自分は経済学を知っている、こいつは勉強していない」、そんなつまらない矮小なプライドでモノをいうなってんですよ。経済学なんてどうでもいいのです。枠組みはどうでもいい。対外資産が積みあがるだけで何の役にも立たない、なんて老人の繰言を言うな! なんとかしようと考えないのか? あんたみたいなあたまでっかちしかいなくなったから、自慢できることが実践ではなくて理論だけだから、日本はだめになるのだ。くやしかったら、自分の実践を少しでも語ってみろ。対外資産の増加を国内に少しでも還元する努力をしてみろ。そうでなければ外国に引っ越せ。あるいは早く死んで子供に財産でも残せ。そういうことです。
言い直します。それだけ理解力があるのであれば、実践力もあるはずだ。早く正道に戻ってください。
2010/07/16 01:24」

藻谷氏の上記コメントは、菅原氏が初めて同書の批判を行ったブログ上でのみなされ、その後は、このコメントについて、もっぱら菅原氏が、藻谷氏の経済理論の理解不足という点を、詳細に、20回に亘って行ってブログ上で論証した。全て読んでみたが、菅原氏の批判は、藻谷氏が使用する経済学用語、たとえば「付加価値」や「貿易黒字を稼ぐ」や「貯蓄を消費に回す」といった言葉が適切に使われていない、これは、藻谷氏が経済学の初歩を知らないからだ、という趣旨のものが中心だ。

菅原氏の批判文は、先生が生徒の書いた答案に、赤ペンで事細かに訂正を入れている、といった体のものだ。所詮、先生-生徒という閉鎖的な関係の中でのみ例外的に成立するような類のコミュニケーションにすぎず、その批判が、何らかの有意義な成果物を生み出すきっかけとなるとは思えない。内に籠る批判、間違いを指摘するためだけの批判とでも言おうか。

一方、藻谷氏の著書「デフレの正体」は建設的な提言の書で、菅原氏の文章とは対照的に爽快な読後感がある。確かに、上記の藻谷氏のコメントには乱暴な言い回しが含まれており、読んでいて気持ちのいい文章ではない。しかし、藻谷氏の著書自体は、日本経済の将来像など様々なことを考えるきっかけを与えてくれる、という点で、菅原氏の批判文に比べて圧倒的に面白い。

ネットのおかげで、その本だけでなく、それに対する批判文も併せて読んで考える、という今までにない新しい方法で読書を楽しむことができた。

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プロフィール

内之助

Author:内之助
マラソンは、2008年12月のホノルル・マラソンをもって、全米全州(50州+DC)でフル・マラソンを夫婦で完走。その後、トレイルでのウルトラ・マラソンを経て、今はタイムを気にしなくても良い登山やハイキングを楽しんでいる。
音楽は、中学校1年生の時に、FMで偶然耳にしたモーツァルトの喜遊曲がきっかけでクラシックにのめり込む。
読書は、ノンフィクション中心に、同じ著者のものをまとめて読む傾向あり。小林秀雄、吉田秀和、カール・ヒルティ、スティーヴン・ジェイ・グールド、内田樹、茂木健一郎など。
仕事はサラリーマン。1995年以来ニューヨーク市郊外在住。

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