2007-09

ロッキーズ賛歌

家から車で20分くらいのところに、ロックフェラー州立公園、通称ロッキーズという、ランナーたちのパラダイスがある。林間のトレイルと牧場を縫ってはしる農道から成っており、5時間程度までなら、同じ道をほとんど通らずにジョギングができる。林の中のトレイルは、夏は涼しい木陰となり、冬は落葉した木々の間からの日差しが寒さを和らげてくれる。よく固められた土の路面は足にやさしく、適度なアップダウンがあるので、斜面を走るための筋力も無理なく鍛えられる。ハドソン川沿いのトレイルからの景色は、朝日に映える対岸の切り立った崖と川面の青、それに森の緑のコントラストが美しく、少し内陸に入ったところの小高い丘からはハドソン川が一望できる。トレイルは車が1台楽に通れるほどの広さがあり、路面は整備が行き届いている。それもそのはず、ロックフェラー家が1983年に1,233エーカーの土地を州に寄贈してできたこの公園のトレイルは、大部分がロックフェラー家のための馬車道だったし、今でも時々、二頭立ての馬車を上品な老夫婦が駆っているのを見かけることがある。ほとんど全ての木々が落葉樹なので、トレイルの周りの景色は四季折々に異なる姿を見せてくれて飽きさせない。ビジターセンター脇には、2001年秋に、9.11テロの見舞として島根県八束町から贈呈されたボタンの木々が、初夏には大輪の花を見事に咲かせ、トレイル脇には野いちごが生い茂り、毎年7月にはルビー色の実をたわわにつける。
ロッキーズのトレイルを、週末に、ゆっくりとしたスピードでロング・ランするのはとても楽しい。それまで、3時間のロング・ランはどちらかと言えば苦痛だったが、ここで走るようになってからは、むしろ楽しみとなった。特に、妻やランナー仲間たちとともに走ると、3時間、4時間がとても短く感じられる。このような素晴らしいトレイルが身近にあることに感謝!
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信号を守らないニューヨーカーたち

毎朝通勤で、グランドセントラル駅から会社まで10分ちょっと歩く。その間、碁盤の目状の街路を6ブロック歩くので歩行者信号のついた横断歩道を7つ渡ることになるのだが、大部分の歩行者が信号を守らない。警察官がいても皆平気だし、注意されるのを見たこともない。大都会の人特有のせっかちさのせいか?ところが、信号が青(実際には、歩く人を象った白色)でも渡らない人もいる。赤でも渡るのは、車が途切れていて渡っても特段危険がない時で、青でも渡らないのは、交差点を曲がって来る車がいたりして危ないような場合だ。つまり、人々は信号ではなく、周囲の危険度合を見ながら横断歩道を渡っているようなのだ。片側4車線、中央分離帯付きの、マンハッタンで一番広いパーク・アベニューを渡る横断歩道には歩行者信号がない。皆、その場の状況から渡れるかどうかを判断しながら渡っている。信号というルールがなくても、特に問題はないようだ。
さて、もう20年も前のことだが、渋谷で、会社の先輩と一緒にある顧客を訪問した際に、ごく短い横断歩道で、いつもはせっかちな先輩が、車も来ないのに赤信号で止まっている。何かの理由で急いでいたので僕が進もうとすると制止して、道の向こう側で信号待ちしている小学生を見やって、「子供の前ではどんなに急いでいても信号無視はしないようにしている。大人が悪い手本となっちゃいけないからね。」と言った時は、なるほどと感心したものだ。日本では、ルールは守る、ということが重要視される。
僕が今働く職場で、上司が部下たちに、ルールはルールだからとにかく守れ、と言ってもなかなか通用しないだろう。そのルールが仕事をする上で必要なものだと納得しない限り、守ろうとはしない。一方、たとえルールとして決めなくても、各人、局面ごとに何をどうしなければならないかを考えながら仕事をしているようで、仕事は結構うまく回っていく。
ある明確に決められたルールの下で、皆が整然とそれに従って行動している、という状況は、一見安定しているように見える。一方、はっきりとしたルールもなく、各人がその都度判断しながら行動している、というのはなんとも雑然としていて不安定な感じだ。しかし、一旦、9.11テロのような非常事態となったときには、そのような社会がその強みを発揮する。非常時には既存のルールが通用しなくなることがままある。そのようなときでも、日頃からルールに頼っていない人々ならば、ルール不在のなかで立ち往生したりパニックになることなく、自らどうすべきかを考えながら行動するからだ。
一方、ルール厳守の尊重は、往々にしてルールへの過信につながる。ルールさえ守っていれば大丈夫だとか、ルールに違反しなければ何をしてもよい、とか。ルールを決める「お上」への盲従といってもよいかもしれない。ルールを進んで破るというのはもちろん論外だが、ルールだけに頼らず、「ルール+自分の判断」を元に行動することを心がけたい。

分数と小数

米国へ来たばかりのころ、New York Times紙の記事を読んでいて、0.2%というときに”two-tenth of one percent”と表記することを知った。ただでさえ文字数を減らして紙面を節約しようとする新聞記事にあって、紙面ずいぶんと長く回りくどい言い方をするものだと、不思議に思ったものだ。その後も同様の小数つきの数字が記載される記事では、見出しでは小数が使われていても、本文では上記のような分数表現で記載されるのが一般的だということがわかってきた。
日本では、0.2%のことを「1パーセントの10分の2」と表現することなどありえない。米国では、このほかにも、日常生活において分数が使われることが日本に比べて多いように思われる。たとえば、1時45分のことをa quarter to twoと言い、30分間のことをone half of an hour(これは主に文書の中で)と表現したりする。このほか、住宅ローンなどの金利も8分の1%(0.125%)あるいは16分の1%(0.0625%)刻みで表示されることが多いし、距離を表示するときも、three-quarter mileと言い、0.75mileとは普通言わない。
分数は、小数よりも実際の物に即した、より具体的な概念だ。たとえば、りんごを4人で分けるときには、「りんごを4分の1づつ分ける」といい、「りんごを0.25個づつ分ける」とは言わない。分数は、ひとつのものをいく等分かに分けることが前提で、常に具体的な物に由来する。一方、小数は、具体的な物との関係は分数より薄い。0.25という小数を聞いたとき、これを、あるひとつの物を100等分したうちの25個分と考える人はまずいないだろう。ひとつの物を100個(たとえ10個でも)に等分することは、実生活の中ではめったに起こらないことだけに、具体的に実感しにくい。でも、僕たちは、0.25とは全体のどのくらいに当たるかは瞬時に把握する。つまり、具体的な物に即してではなく、抽象的な概念として小数を実感できていると言える。
なぜ、米国では分数が、日本では小数なのか。僕の勝手な(そして日頃の生活からの実感から)推測するに、米国の人々は、分数のような具体的な発想を好み、日本の人々は、小数のような抽象的な発想を好むからなのではないだろうか。米国で暮らしていると、何か問題が具体的な形で生じたときに、米国の人々は、実にうまくしかも素早くそれを解決することに感心することが多い。これを最も強く実感したのは、例の9.11同時多発テロの際、あのような未曾有の出来事に対して、ニューヨーク市長を先頭にして市民はそれぞれに、冷静にかつ精力的に対処したときだった。反面、将来どんな問題が起こるかをいくつかのシナリオを作って想定して、それぞれの場合に対して予め対応策を作る、というようなことを職場でやろうとすると、皆とたんに興味を失う。このようなタイプの依頼は、とくに日本の顧客から多いのだが、米国人の上司や同僚たちの考え方は、「どんな問題が起こるかまだわからないうちにあれこれ考えるよりも、問題が起こったときに全力でその問題を解決すればよい」というようなものだ。仮に10通りのシナリオを作っても、実際に起こるのはそのうちひとつなのだし、もしかしたら、想定外の11番目のことが起こるかもしれないのだから、少なくとも、現実社会で仕事をする上では、米国の人々の発想が適していると思う。日本の職場で人々が過労になるのは、このようなシナリオ想定とそれぞれへの対応策作り、というようなタイプの仕事に長時間を費やしているのも一因なのではないだろうか。「憂い」を恐れるあまり「備え」すぎて、備えあれば憂いなし、を通り越して、備えすぎて疲れている、という職場が日本には多いような気がする。

無礼な米国紙

今日のウォール・ストリート・ジャーナルに、安倍総理の後継者についての記事が載っていた。見出しは"Japan Leader May Be Old-School"。後継候補者たちはいずれも、ビジョンを持たず、派閥作りと裏工作という伝統技を得意とする古いタイプの政治家だ、となかなか手厳しい。麻生さんの祖父が吉田茂(知らなかった!)で、彼(吉田)は、軍事は米国任せにして経済発展に注力するという戦後体制を作った、と本論とはあまり関係のない解説を一くさりしたあとの一文を、ちょっとした軽い話題提供にと、職場ですぐ後ろの席にいる同僚のA(アイルランド系白人男性)に見せたところ、意外な反応があった。
その箇所には、「麻生さんはスタンフォード大学院への留学経験があり、(あえて原文を載せます)Mr. Aso likes to try out his heavily accented English in conversation.」と書いてあったのだが、Aは、この一文は、大変失礼なもので、米国人の人種差別好きという最も醜い面を顕わにしていると、日頃穏やかな彼にはめずらしく、かなり本気で怒り、失望した様子だったのだ。彼は、Heavily accented Englishという表現から人種差別的な悪意を感じるという。日本語にすると、「なまりの強い英語」という、わりと中立的な表現なのだが、英語だとそうでもないようだ。Aはさらに、「しかも、そのような英語を『会話の中で使いたがっている』というような書きぶりが、質の悪いコメディーねたのようだ」というようなことも言っていた。僕が「ウォール・ストリート特有の無礼さじゃない?」とまぜっかえすと、Aはしかめ面で「いや、アメリカ特有の無礼さだ」と、相変わらず真面目なままだ。
考えるに、僕は、日本人が米国マスコミにからかわれるのに、少し慣れすぎていたのかも知れない。Aはこの会社(日系)に6年間勤めている間に、日本人や日本の会社の素晴らしい点をたくさん見てきたという。ありがたい存在だ。外国の地にいて、日本びいきの人に会うのは、とてもうれしいものだ。

9.11

今日は9月11日。言わずと知れた「9.11」だ。あの日も同じ火曜日。朝、グランド・セントラル駅の地下道から外へ出て、あまりに澄み切った青空に思わず見とれてしまったのを憶えている。一機めが世界貿易センタービルに突入したのが、ちょうどその頃だったことを数分後にオフィスで知った。人が自分の命を惜しいと思わなくなったときには、やりたいことは何でもできる。その後しばらくは道路を歩いていても、あの車が突然暴走してきてもおかしくないのだ、とういうようなことを考えてしまったものだ。そのような状況の中、街中に多数配置された警察官がなんと頼もしく感じられたことか。平常時ならうっとうしいと思うような、そこかしこに警察官がいる光景も、その時ばかりは、大きな安心材料だったものだし、今でも多かれ少なかれその感覚は変わらない。

あれから、6年がたった。あの事件をきっかけに始めた対イラク戦争も出口が見えない状況のまま長期化し、この戦争がイラクの治安と民主化にあまり寄与していない、という理由で、早期の撤兵を求める世論がしだいに強くなってきている。来年の大統領選を控えた政治的な扇動もあってのことだとは思うが、僕はこのような世論には同調できない。テロ当日に街角に多数配置された警察官がありがたく感じられたのと同じ理由で、僕には、この戦争が、米国内に住む人々を守るための戦争だと思われるからだ。いつどこでどのような形でテロ攻撃があるかわからないという時に、街なかの警察官のような目に見える形での防御は大きな安心感を与えてくれる。テロリストたちに対しては容赦なく反撃することを実行をもって示すことにより、ある程度のテロ抑止力が働くはずだ。少なくとも僕にとっては、国家によるこのような毅然とした行動は、テロ活動の可能性を減らすという意味で安心感につながるものだ。だから、戦地に赴いている兵士たちには心から感謝している。大国の驕りだとか、石油利権が目的だとか、という批判も一理はあるが、では、テロ攻撃を未然に防ぐのに他にどのような決め手があるのか。空港での厳重なチェックは重要だが、想定を超える全く新しい方法によるテロ攻撃には十分な対応とは言えない。
翻って、日本でも、すでに12年前に2件のサリン事件というテロ行為があったが、その後、十分な対策がとられてきたのか、はなはだ心もとない。国が自国民を十分に守らないようでは、そこで心安らかに生活を営むことは難しいと思うのだが。

ブルックナーの交響曲

ブルックナーの交響曲を聴いてみようと思い立ち、ニューヨーク市立図書館のサイトから数枚のCDを予約した。これまでずっと、ブルックナーの交響曲にはどうしても馴染めないでいる。ごくたまに聴いてみても、長い、金管がうるさい、短い旋律の繰り返しが多い、一聴して魅惑されるような旋律が出てこない、ということで、聴きとおすのが苦痛になる。ところが、評論家の宇野功芳氏や副島章恭氏による絶賛は並大抵のものではなく、氏らの文章を読んでいると、僕の音楽に対する感受性が鈍いのではないかと思われてくる。たぶんそれはそうなのだろうが、何とかその素晴らしさが少しでも実感できたら音楽の世界も広がるだろうと思い、あらためて聴いてみることにした。
このような時には、色々な曲を色々な演奏で聴いてみることができる図書館はとても有難い存在だ。ウェブ・サイト上で検索し、聞いてみたいCDを予約しておくと入荷したらメールで知らせてくれる。もちろん無料。今回は、ヨッフム指揮ドレスデン国立管弦楽団で1番、2番、5番、8番、9番、そして、ヴァント指揮ベルリン・フィルで5番を予約した。今度こそ、何かピンとくるものがあるか?

創造論 対 進化論

スティーヴン・ジェイ・グールドの「パンダの親指」(櫻町翠軒訳、ハヤカワ文庫)を読み返している。氏は、古生物学と科学史のハーバード大学教授で、進化論に詳しい。氏の文章には、著者自身がどこかで書いていたように、専門的な事柄については決して「容赦しない」、つまり、正確性を損なうことなく、また、複雑なことを素人向けに変に簡略化しない、という方針が貫かれた文章は、ユーモアに満ちた語り口と相まって、気軽な読み物を超えた面白さがある。
数年ぶりに読み返そうと思ったのは、創造論(旧約聖書に記載の地質年代史を絶対に正しいものとする考え方でこれによると、地球の歴史は約6,500年で、すべての生物はそれぞれの種ごとに神が創造した、ということになる。)対進化論の法廷論争の経緯と結末をもう一度調べてみたいと考えたのがきっかけだ。信じられないような話だが、進化論を高校の生物の授業で教えることを禁じたアーカンソー州法が、80年代後半に連邦憲法上違憲とする判決が出るまで存続していた。しかも、この創造論が、単なる狂信者の空言では片付けられないくらいの大きな影響力を国民に与えているということは、グールドほどの見識の高い学者が真剣にこの論争に加わらなければならなかった、ということからして明らかだ。日本ではまずこのようなことは論争にもならないだろう。高名な古生物学者がまともに相手にするはずもないからだ。米国で、つい最近まで続いていたこの論争の発端、経緯、結末を知りたくてグールドの本を再読し始めたのだ。(前回読んだときには、単にばかげた論争をしているとの印象を持っただけで、あまり関心を持てなかった。)
米国では、日本におけるよりもはるかに多くの人が信仰を持っている。この、宗教の重みの違いが、日本ではありそうもないこの種の論争が、米国では広く社会的な関心を呼ぶことになった原因だろう。信仰は、その人の人生の根本をなす何よりも価値の高いものである。信仰を持って生活している人にとって、進化論にせよ、他宗派からの攻撃にせよ、自分の信仰している事柄を否定されることは、不快な経験だろう。まして、進化論が自分の子供の通う学校で教えられることに、敬虔な信仰を持つ親たちが反対するのは自然な流れだろう。
しかし、科学は信仰ではない。科学においては、検証しなければならず、信じてはならない。信仰においては、信じなければならず、検証してはいけない。そもそも、まったく違う領域に属する進化論と創造論とを並べて、どちらが正しいかを論じることは、初めから不可能なことだ。
生態系システムに内包された進化という壮大なメカニズム、人体の諸器官の驚くべき機能、雪の結晶の信じられないような美しさなど、自然界は目を見張るような事柄で満ちている。これらのものは、まさに神が創ったとしか思えないくらい精巧で美しい。創造論が科学的に見ておかしいと結論付けられても、神の御業がいかに驚くべきものか、ということが否定されるわけではなく、逆に、科学的な研究・観察を進めれば進めるほど、そこに驚くべき自然の姿を見出し、神の力というものをより強く実感できるようになるのではないだろうか。優れた科学者ほど信仰深い、ということは、実にありそうなことだ。科学と信仰とは、存立の基盤は異なるものだが、その隔たりは決して大きくなく、特にそのどちらかをまじめに極めようとしている人にとってはむしろ自然に両立するものなのではないだろうか。

マーラー交響曲第3番

不思議な魅力を持った曲である。アイダホ州への旅の途中、遠くにグランド・ティトンの山々を見ながらドライブした際に聴いたのだが、妙に風景とマッチしていた。マーラーはこの曲で自然を謳ったそうである。
とても長い第1楽章と第6楽章の間に、少年合唱団が加わる短く魅惑的な第5楽章の他3つの個性的な曲想を持つ楽章が挟まってできた、全曲で1時間半もの大曲だ。
演奏は、アイダホ州での車中で聴いたバルビローリ指揮ハレ管弦楽団のものが、全体としてより「自然さ」を感じさせるという点と、大好きな第5楽章の終わり近く、女性合唱と少年合唱の弾むようなちょっとした表情付けとで、気に入っている。その他の演奏でも、なにせ長大な曲なので、他の演奏にも所々で面白い味わいのあるものが多々ある。今日、NY市立図書館で借りた、ケント・ナガノ指揮ドイツ・ベルリン交響楽団(かつてのベルリン放送管弦楽団)を一部聞いたのだが、第5楽章の鐘の音を模する少年合唱の部分での「ビム・バム」をやや長めに「ビーム・バーム」と歌っているところが美しく、新鮮だ。他には、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの新盤では、第5楽章の少年合唱団が声を割るくらいに元気に歌っており、一聴して気に入った。ホーレンシュタイン指揮ロンドン交響楽団とレヴァイン指揮シカゴ交響楽団のCDは最近久方ぶりに再入手したので、じっくりと聴いてみたい。ラトル指揮バーミンガム市立交響楽団は、Amazon.com(米国)で愛好家たちがけなすほど第6楽章が速すぎるとはどうしても思えない。多分、旋律をよく歌わせることに成功しているせいだろう。

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プロフィール

内之助

Author:内之助
マラソンは、2008年12月のホノルル・マラソンをもって、全米全州(50州+DC)でフル・マラソンを夫婦で完走。その後、トレイルでのウルトラ・マラソンを経て、今はタイムを気にしなくても良い登山やハイキングを楽しんでいる。
音楽は、中学校1年生の時に、FMで偶然耳にしたモーツァルトの喜遊曲がきっかけでクラシックにのめり込む。
読書は、ノンフィクション中心に、同じ著者のものをまとめて読む傾向あり。小林秀雄、吉田秀和、カール・ヒルティ、スティーヴン・ジェイ・グールド、内田樹、茂木健一郎など。
仕事はサラリーマン。1995年以来ニューヨーク市郊外在住。

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